パブの歴史
日韓ワールドカップがあった2002年あたりから、都内を中心にイングランドやアイルランドにあるパブ(Public house)に似せた店構えの居酒屋が随分増え、その存在と楽しみ方の理解が急速に広まったと思う。今日は、いまさらではあるが、パブの歴史を紐解いてみようと思う。(サイトのテーマを考えれば、こういう内容は義務かもしれないし。)

(1) パブのはじまり

「パブのはじまりは、ローマ人がブリテン島を支配していた紀元前1世紀ころにさかのぼることができる。ローマ人は大陸と同じく、ブリテン島でも街をつくり、道路網を整備。 それに付随して現在のイン(inn)の前身といえるような宿泊施設ができた。この施設では、宿泊、食事、娯楽の3つの機能が提供され、最初のころのパブは、旅人のためのものだった。その後、ローマ人が去ると、ローマ人のつくった宿泊施設も衰退していき、そのかわり宿泊の機能は修道院などが果たしていくことになる。
 そして、13世紀になると、イギリス国内で人々の移動が活発化し、道路網がさらに整備されるようになる。それにともなって、ローマ支配のころから細々と残っていたインの前身が、建物の1階が酒場の宿屋、いわゆるインとして姿を変えて発達していくのである。宿泊施設を兼ねているパブがあるのは、ローマ人の文化の名残りともいえる。」

(2)エールハウス・タバーン

「インが栄えてくるのと同じ頃に、エールハウス(ale house)が登場。エールハウスはビールを飲める飲み屋のこと。ここでもインのように宿泊することができたため、インとの明確な違いはない。このエールハウスの名前は11世紀頃からあらわれる。例えば、シェイクスピアの『ヘンリー5世』などにも登場する。現代英語ではエールハウスという言葉は、パブの古い言い方。このことは、現在インもエールハウスもパブの店名に使われていることからもわかる。
 この他にインやエールハウスと並んで古くから存在したものに、タバーン(tavern)がある。現代英語のタバーンは直訳すると「酒場」といったところ。しかし、タバーンは本来、食事をする場所を意味し、食事を提供することが目的だが、食事ができれば、当然のようにお酒も飲むことになる、こうしてタバーンとイン、エールハウスの境界は限りなく不明確なものになっていった。タバーンという言葉もまた現在ではパブの店名として使われている。※横浜・目黒にある。
 イン、エールハウス、タバーンの3つは、大雑把に言って、本来はそれぞれ宿泊施設・酒場・食堂を意味していた。機能の上でそれぞれ似通った側面をもちながら、何を第1の目的としてつくられたかという点で、微妙に違っている。これらの施設がパブリックハウス(パブ)へと変わっていく。」

(3)パブリックハウス

「パブは、元来パブリックハウス(public house)の略称。文字通り「公共の家」という意味だった。イン、エールハウス、タバーンが、単純にパブリックハウスに変わっていったのではなく、18世紀に登場したコーヒーハウスなどの要素が加わったのである。
コーヒーハウスは、これもその名のとおりコーヒーを飲む喫茶店。その名前からも想像できるように、コーヒーハウスではお酒はなし。
 今では少し考えにくいことだが、このころロンドンではブルジョワたちの間でコーヒーが流行し、コーヒーハウスはコーヒーを飲みながら政治談義や商談に花を咲かせるブルジョワのサロンとしての性格をもっていた。人々の集まるコーヒーハウスでは、その地域のさまざまな出来事を取り仕切るといったことも行なったり、仕事を斡旋したり、争い事を仲裁する場所となっていった。いわば地域の寄り合いや公民館のような場所である。それだけにとどまらず、ブルジョワが集まったことにより、商人たちのための施設でもあった。
 例えば、政府の圧力のかかった新聞などでは知り得ない情報が集まる場所でもあり、遠隔地貿易の隆盛によって、損害保険が始められた場所でもあった。さらに重要な特徴は、情報の集まる場所であったことから、いわば公的世論を形成する場所になっていったことである。王や政府に反対するブルジョワたちの集まる良からぬ場所としてコーヒーハウスの閉鎖令が出たほどで、そこで話されていたことの影響力の強さがうかがえる。このあたりにパブの公共性の源流を求めることができるであろう。

 しかし、コーヒーの流行が終わってしまうと、コーヒーハウスはタバーンなどのいわゆるパブへと店の質を変えていく。もともとは宿泊施設、酒場、食堂であったものが、公共の場所としての性格を加えながら、「パブ」となっていったのである。
現在では単にお酒を飲むだけではなく、友人と政治やスポーツの話を語り合ったり、ひとりでゆっくりと飲んだりする場所であり、誰にとっても思い思いに過ごすことのできる心地のよい空間となっているのである。」

※参考文献
小林章夫『パブ 大英帝国の社交場』
(講談社現代新書1118)講談社、1992年
臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』
(中公新書 1095)中央公論社、1992

ここ「TripleCrown」の居心地の良さも、そんな歴史に裏打ちされているのかもしれない。なんて考えるのも根拠がない訳ではない。というのも、店主はその昔、ロンドンのパブにもに入り浸っていたらしいから。。
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by londonderby | 2004-07-20 13:16 | ★Public House
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